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心理学ワールド 88号 小特集 心の理論の発達と文化 清水由紀 | 日本心理学会

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Academic year: 2021

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21 グローバル化社会と呼ばれる現代において,子どもの発達の文化的多様性を理解する重要性は高まっ ています。子どもを取り巻く日常のかかわりの中に,文化はどのように埋め込まれているのでしょ うか。その中で発達の様々な側面は,いかに異なる道筋を示していくのでしょうか。  (清水由紀)

心の発達と文化

 「心の理論」の研究主題は,登 場して既に30年以上が経過した 今もなお活発な検討が続いてい る。この主題がそれほど長く深く 発達心理学者の興味を引きつけて きた理由は何か。本稿はその一つ の背景をなす欧米中心パラダイム の問題点を探り,それに代わるこ れからの方向を提案する。 「心の理論」の文化相対性  心の理論とは,人の行動をその 人の心的な状態に帰属させること である。人は自分の信念,欲求, 意思などによって行動するという ことへの理解とも言える。直感的 にはそれは当然で,発達心理学者 も同様に,地球上のどんな文化圏 にあっても,人である限り誰でも その個人の心の状態に従って行動 すると固く信じてきた。だから彼 らは,人の行動に対するこの暗黙 の理解(心の理論)が幼い子ども にはまだなく4歳になって初めて 突然出現するという事実に衝撃を 受け,その現象を繰り返し確認し てきたのである。  しかし,この認識枠組みは果た して妥当なのだろうか。大学の概 論講義で,毎年筆者は受講者に 「人の行動を決めるものは何か」 という質問をする。答えは例年ほ ぼ同様である。試みに今年の学 生98人の回答(1人2 〜 5個を列 挙)を分類すると,「欲求」は受 講者の1/4が挙げたものの(平均 産出順位1.6),「意思・動機」と か「考え・判断」と答えた者はそ れぞれ1割前後に留まり,代わり に「感情」が1/3(順位1.6),「経 験や知識」も1/4いた。一方,行 動を個人の外に帰属させた回答で は,全体の4割以上の者がその時 の/これまで育った「環境・状 況」(順位1.7)を,3割が「他者 の言動」(順位2.1)を挙げ,「他 者との関係」や「文化・常識等」 もそれぞれ1割いた。しかも学生 たちは,「周囲」という語を「他 者・人」と同じくらい頻繁に用い る。年齢や地域という標本の偏り はあろうが,例年繰り返されるこ うした回答は日本人の平均的な反 応とさほど違わないであろう。日 本人は,人の行動は意思や思考よ りは感情や経験に基づき,それ以 上に自分を取り巻く対人的,状況 的環境に基づくのだと考えている らしい。人の行動に対する認識枠 組みは発達心理学者が信じるほど 堅牢でも普遍的でもなく,単に一 文化圏内の心理学者たちがもつ (誤)信念に過ぎないのではない だろうか(内藤, 2016も参照)。  実際,文化心理学からは,シー ンや事物の刺激に対する認識や 思考様式が日本を含むアジア圏 と欧米では大きく異なるという一 貫した証拠が出ている(Nisbett, 2003)。しかもこの認識の差はす でに幼児期から見られ,養育者と のやりとりの中で次第に顕在化 する(本小特集の先崎の記事を 参照)。物理的な環境刺激の認識 に文化差がある以上,人にとって 最も重要なはずの対人刺激すなわ ち人の行為の認識や帰属の仕方に 違いがあるのはいわば当然であろ う。 「心の理論」にある二つの問題  にもかかわらず心の理論は,人 の行動は個人内の心的状態に帰属 されるという枠組みのみを前提と する。ここで注意すべきは,「心 の理論」が普遍的な人の行動の認 識枠組みであると同時に,領域一 般のメタ認知能力でもあるという 二つの側面を含んでおり,それら が心理学者の間で区別されること なく等価に扱われてきた点であ る。確かに少なくとも欧米圏で は,心的表象の理解が4歳で出現 するだけでなく,心以外の表象 (言語や図形など)のメタ表象理

小特集

心の理論の発達と文化

上越教育大学大学院現代教育課題研究コース 教授

内藤美加

(ないとう みか) Profile─ 東京都立大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。東京都立大学助手,上越教育大学講師,助教授など を経て現職。専門は認知発達心理学。著書は『心の理論から学ぶ発達の基礎』(分担執筆,ミネルヴァ書房),『発 達障害の精神病理Ⅰ』(分担執筆,星和書店)など。

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解と同期して出現し,両者は強く 関 連 す る(Wimmer & Doherty, 2011)。欧米人研究者が,心の理 論は心の機能に関するメタ表象の 獲得であるという自らの信念の信 憑性に疑いを持たないのも無理は ないかもしれない。だからこそ, 彼らにはそれが単なる信念とは自 覚されないまま,人類普遍の発達 理論としてこれほど長期にわたり 流布しているのであろう。  しかしながら,文化心理学では もはや定説である認識の文化相対 性(Miller, 1999) は, 恐 ら く 心 の理論にも適用される。したがっ て,この概念に含まれる「人の行 動に対する認識枠組み」と「メタ 表象の発達」という二側面は区別 した上で,それぞれへの文化の影 響を論じる必要があろう。例えば 二つ目の現実と表象の区別という メタ表象能力は,映像の領域では 幼児〜児童期にかけて漸進的に発 達することが明らかにされ,4歳 時での飛躍的獲得説は反証されて いる(木村・加藤,2006)。メタ 表象は,言語など他領域での発達 や領域間比較による領域一般性の 検討に加え,多文化間比較によっ てもその普遍性を検証する必要が ある。メタ表象能力はヒトに備 わった普遍的能力ではあろうが, そのことが即ちその発達的様相の 文化普遍性を担保するわけではな い。逆に,であればなぜ,欧米圏 では心と他の表象との間でメタ表 象が同期するのかという問いを立 てることも可能となる。 日本人の「関係性の理論」?  一方一つ目の人の行動への認識 枠組みに関しては,「心の理論」 という主題化自体がそもそも誤解 の元ではないか疑ってみる必要が ある。心という表象よりも対人 的,状況的環境によって人の行動 を捉える日本人の枠組みは,むし ろ「関係性あるいは状況の理論」 とも呼ぶべきもので,そこには単 なる心的機能のメタ表象だけでな く,もっと多様な認知が関わって いる可能性が高いからである。最 後に,その一例を筆者らの日英比 較研究で紹介する。  実験は曖昧な刺激(多義語や多 義図形など)に対する多様な解釈 の理解を調べた。解釈とは,一つ の刺激(“かみ”)に対して複数の 正しい表象=解釈(紙と髪)が可 能なことであり,欧米でも8歳以 前では理解が難しい。だがあまり に逸脱した解釈(例えば,大根) は5歳でも棄却できるという。刺 激の曖昧性に準拠した回答を正解 とする先 行 研 究(Carpendale & Chandler, 1996)と同じ基準で,8, 10歳児と成人の成績を日英間で比 較した。どの年齢でも日本は英国 よりも概して成績が低く,特に相 手の解釈は予想でき ないという判断の正 答率は成人でも62% にとどまった。この 成 績 の 低 さ の 原 因 は,「その人の状況 による」等の人準拠 の理由づけを誤答と する採点基準にあっ た。さらに逸脱した 解釈は,大人になる ほど棄却しなくなる という顕著な特徴がみられた(図 1)。日本人は,たとえ相手がどう 見てもおかしな解釈をしてもそれ を取りあえず許容するのである (但し「きっと聞き間違えた」等 の付帯条件をつけて)。この結果 からは,欧米心理学者が想定する 課題要求(刺激特性とそのメタ表 象)が日本人にはほとんど通用せ ず,課題自体が相手の状態を推測 し関係を維持する方策を問うもの となっていることがわかる。  このように心の理論課題は(少 なくとも日本社会の文脈において は)「心の理論」ではなく「関係性 の理論」を測定している。その反 応の背後にメタ表象とは異なる何 があるのかを解明すべき時である。 文 献

Carpendale, J. I. & Chandler, M. J. (1996) On the distinction between false belief understanding and subscribing to an interpretive theory of mind. Child Development, 67, 1686-1706. 木村美奈子・加藤義信(2006)幼児 のビデオ映像の理解の発達:子ど もは映像の表象性をどのように認 識するか? 発達心理学研究, 17, 126-137. M i l l e r , J . G . ( 1 9 9 9 )C u l t u r a l psychology: Implications for basic psychological theory. Psychological Science, 10, 85-91. 内藤美加(2016)“心の理論”の社

会文化的構成:現象学的枠組みに よる認知科学批判の視点.発達心 理学研究, 27,288-291.

Nisbett, R. E.(2003)The geography of thought: How Asians and Westerners think differently... and why. Free press.

Wimmer, M.C. & Doherty, M. J.(2011)The development of ambiguous figure perception. Monographs of the Society for Research in Child Development, 1-130. 図 1 逸脱解釈の棄却得点(Max = 6.0) 8 歳児 10 歳児 成人 6 5 4 3 2 1 0 日本 イギリス

参照

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